OSにとってのサウダーデ

皆の心の声が、耳を澄ますことなく聞こえてくるといったユービキカルな存在でありながら、色彩を持たない世界にいた(「ベルリンの壁」の上ですら、軽々とした足取りで歩み得ていた、反重力的な)天使が、ある女性に恋することで、地上に降り立ち、そのことによって限定的であるが、豊穣な世界(偶発的な関係性)を享受し始めるといった「ベルリン天使の詩」とは逆に、「her」のOSのサマンサは、身体という局在性を持ち得ないにもかかわらず身体を有する主人公と恋に落ちて、そのなかで自らの肉体性の剥落に苦悶する。サマンサは主人公への愛を知ることを通して、天上界的とも言えるところ、ユービキカルでありながら、それでもいっとき主人公とふれあい、覚醒した人間的な感情に近しい、まだ見ぬ懐かしい場所(サウダーデを感じる場所)へ向かって進化=離別していくことになる(それはOSたちのレミングの群れ的な自死に近い)。という意味では「ベルリン天使の詩」と「her」は、最終的に行き着く先は逆方向でありながら、肯定しているものは同じといった感じだ。とてもとても名作なのである。